2008年03月12日

木本八幡宮

【所在地】  和歌山市西庄宮山1番地
【祭 神】 応神天皇  神功皇后  天照大神


【由緒】
 社伝によると、神功皇后が西国から凱旋されたとき,武内宿弥が幼帝応神天皇を奉じてこの地に上陸して頓宮(仮宮殿)を造りしばらく駐留なされたが、14代後の欽命天皇の詔勅により西暦562年に今の宮原の地(木本1153番地)に「芝原八幡宮」が創建された。
 また、芝原八幡宮創祀以前から地主神として現在の木本八幡宮に天照大神が祭られており、「木の本宮」と呼ばれていたが、秀吉の紀州進攻時にいずれも火災で焼失したという。

 その後、元和4年(1618)の再建に際し両宮を一つに合祀して「木本八幡宮」と公称することになったという。

【本殿】 
 再建された本殿は、鬱蒼とした照葉樹林の小山の杜にあり、桃山時代の遺風が残されている貴重な建造物であるといわれ、現在県指定文化財である。
 また、芝原八幡宮跡には、権殿(かりどの)が建てられました。
  
 


 拝殿と「万葉集難読歌」の碑
 拝殿の前に、西暦658年額田王(ぬかたのおおきみ)が「嚴橿(いずかし)が本」と詠んだ万葉歌の難読歌碑が建てられています。
 
 【由来】
 なお、神社の立て札に書かれた解説によると境内林の「嚴橿(荘厳なカシ)の木の本」に天照大神をお祀りしたので「嚴橿の木の本の宮」と称したのが「木本八幡宮」と呼ばれるようになったということです。


 

 八幡宮の鳥居は、左には「橿の古木」が、右にはに大正11年に昭和天皇が皇太子時代に和歌山県に来県された記念植樹の「楠の木」があり、この鳥居をくぐり数十段の石段をのぼると拝殿に至ります。






 権 殿
 元和4年(1818)に芝原八幡宮と木本八幡宮が合祀されたときに、芝原八幡宮跡に権殿が建てられました。
 現在、権殿には大鳥居がそびえ、毎年10月14,15日には本殿から神様をお遷しして例大祭をおこない、権殿前の広場では無形文化財に指定されている勇壮な「木の本獅子舞」が奉納されます。
 
 






  


Posted by jiiyasan at 21:48Comments(4)