2008年11月17日

報恩講寺(1)

 報恩講寺本堂

 所在地 和歌山市大川117
 宗 派  西山浄土宗
 開 山  法然上人
 札 所  法然上人二十五霊場(第8番)
 
 報恩講寺(通称大川寺)は、江戸時代初期の承元2年(1208)に創建されたといわれ、総欅つくりの二階建てになっている珍しい建物という。
  
 また、大川寺には、「浄土宗の宗祖」の法然上人がみすからお創りになった直作の像を安置しておまつりいるといわれる。

歴史】 法然上人が承元2年(1207)法難により流罪になっていた「土佐」から赦免され、船に乗って京への帰途、嵐に逢ってこの地付近に漂着したとき、この地の長者はじめ村民の歓待を受けて約1ヶ月余滞留しといわれる。
 このとき村人たちは、法然から念仏の教えを受けたが、このとき法然は桜の木に自像をつくり村民達に残したという。
 
 法然上人」が京にお帰りになったのち、村人たちは法然の御影を安置して念仏の霊場とし、江戸時代のはじめ「報恩講寺」と称するよう になった。




 「大川寺参道入り口」と「大川トンネル
和歌山から大川トンネル(長さ約3㌔)を抜けると直ぐのところに大川寺への参道がある。
この大川地区はかつて商港として栄えたというが、今は戸数十数戸の集落で参道も昔のままの道で狭い。


 

 この道を少し山手に入ると右手に大川寺本堂の裏手がみえる。二階建てがよくわかる。
 なお、この大川寺は紀泉山脈の最西端の高森山(標高295㍍)の麓に位置して豪壮なつくりとよくマッチしいぇいる。

阿弥陀如来像】 本堂に安置さるれてれいろ木像は円光背をもった寄木つくりの阿弥陀如来(像高88㌢奥行き69㌢)で後世の修理跡が見られるが全体としては保存がよく、現在市指定文化財(美術工芸品)である(掲示文より)




 
 本堂前には「三十三地蔵」や「べんずりさん」とよばれている木像などが安置されている。安置にいたった由来等は不祥だがいづれも信者の寄進になるものとのこと。
三十三地蔵】(左) いつの時代か不明だが、当寺は三十三ヶ所の札所になっていたことがあるらしく、信者が寄進されたものといわれる。
永代御焼香講】 文久2年や世話人6人の名前がみられる
べんずりさん】 眼の病気を治してくれるという「べんずりさん」はよく見ると目玉がなくなっていた。近づいてみるとその風貌が魁偉。これも信者が安置したもので、裏側に記載があるという。

 註:山門等は次にゆずりたい







  


Posted by jiiyasan at 21:56Comments(6)