2008年12月16日

雑感(サッカー)

 毎年この時期になるとサッカーはじめ各種ウインタースポーツが花盛り。私は「元旦サッカー」や「高校サッカー」などまた「アメフト(甲子園ボウル)」などのTV観戦で過ごすことにしています。  

       
 「ガンバ大阪」頑張る
 12月14日、FIFA 公式戦トヨタ・カップ・W・C杯準々決勝戦(豊田スタジアム)で「ガンバ大阪」がオーストラリアのアデレード戦に勝ち、18日に欧州代表の「マンチェスター・U」とた対戦することになった。(写真はCKで攻めるガンバ・TVより)

 「サッカー」は手以外は体のどこを使ってもよい競技。ルールも「オフサイド」のほかは至って簡単。現在、巷間につかわれている「イエローカード」「レッドカード」に代表される反則行為や暴力行為などはよく分かるし、どんな場合も審判の判定は絶対的。

 サッカーの歴史はきわめて歴史が古く世界で最も人気のスポーツであるが、わが国では1990年代にプロサッカー(Jリーグ)が組織されて以来急速にサッカー熱が普及し、いまや女子サッカーチームが誕生するなど、また競技人口のはか「サポーター」とよばれるファンも多く、昔を知るものにとり隔世の感がする。 


  「思い出の一枚
 中学3年の夏休みに親友に誘われて当時「蹴球部」に入部したのが私と「サッカー」の出合い。
その頃の「サッカー」は「ア式蹴球」(association football)と呼ばれており、,競技人口も県下で僅か10校足らずが部組織を持つに過ぎす、一般には単なるボール蹴りの集団としてしか知られていなっかた。

 当時、和歌山の野球は全国優勝をするなどして野球王国として有名であった(サッカーは神戸大阪がトップクラス)がサッカーはその存在さえも知られていなかった。
 
 歴史的に当時の各府県とも師範学校が強かったようだが、こんななか昭和16年秋の県下の大会で和歌山師範と県下の優勝戦が行われたものだ。
 日時は不確かだが和歌山師範校庭で同校との間で行われたが、僅かに帰省していた先輩が2~3人が見に来ていた程度で一般観客(応援)は全くゼロ。
 
 この試合前半1点をリードされたハーフタイム時に先輩に「貴様ら眠っているのか!」と全員1発ずつ見舞われた結果か後半に4点を入れて逆転勝ちし優勝したのを覚えている。
 (写真は翌17年1月卒業時の部の記念撮影で賞状や優勝杯を持った数少ない思い出の1枚です。)



  運動会のいとこま
 写真は、昭和16年10月に行われた体育大会に、各運動部対抗の百足競走の示威行進のときのスナップ(メモ書より)。
各部が試合時の姿(相撲部はふんどし、剣道は防具を付けるなど)で出場。蹴球部の後は水泳部です。
 この写真のバックには、今でも残るスタンドが見られます。当時は鉄条網が張られていたが誰かが時々切り、通学時の近道などの利用されていたようだ。


 【アルテリー ボ和歌山】と【紀州レンジャーズ】が発足
 新聞等の報道によると、来期から和歌山にも J リーグ入りを目指してクラブチーム「アルデリーボ」が、4月に開幕するプロ野球・関西独立リーグに参入する予定の「紀州レンジャーズ」がそれぞれ決成されて、地域おこしの決め手として活躍が期待されています。みんなで応援しましょう。


  


Posted by jiiyasan at 22:42Comments(2)