2009年03月10日

浜口梧陵

浜口梧陵
 「浜口梧陵の像
和歌山県議事堂(北別館)の前に浜口梧陵の銅像があります。
梧陵は明治12年に和歌山県議会設置とともに初代議長となり、その他県政に尽くした功績を讃えて銅像が設立された。
 
 

 【いなむらの火】 
 安政元年(1854)に襲った「安政南海地震」があった際、有田郡広村に大津波が襲ったとき梧陵が村民の避難誘導のため自家の「稲むら」に火をつけて知らせ多くの村民を救ったといわれています。この話は、戦前の小学国語読本の巻十(五年生用)にも書かれていた。
 また、梧陵は私財を閉じて堅固な防波堤を造るなどで知られいる。



浜口梧陵
 和歌山県庁
 昭和13年築の和歌山県庁本館は、4階建ての横長でなんとなくどっしりした構え、築後70年を越えましたが、やわらかいオレンジ色でなんとなく風格を感じます。
 また、県庁の正面前にある楠木に隠れてわかりずらいですが、この地には徳川頼宣侯の家老「水野宗成」の屋敷跡でであったとの木製の標柱がある。



浜口梧陵
 しだれ梅
 見ごろを迎えた三重県津市の「結城神社」の「しだれ梅」は夜の観梅設備を整えて、最近人気が上昇中(3月6日撮)。本文とは無関係ですが折角近隣の方が最近購入したデジカメで写したので掲載させて貰いました。



Posted by jiiyasan at 23:47│Comments(5)
この記事へのコメント
浜口梧陵さんが初代和歌山県知事さんだとは知りませんでした
稲村の火で一躍有名になりましたよね あれは小泉さんでしたか・・・
 
今年のよみうり文化センターの作品展でまたカレンダーを作る事となりました
私は3月担当なんですがjiiyasanの去年のブログの雛流しの写真使わせて頂いても良いですか?
Posted by まぶだちの”E” at 2009年03月12日 20:46
まぶだちさんへ
2004年に起きたスマトラ沖地震で大津波が来襲して大きな被害が出たときに、わが国の予報制度がマスコミに取り上げられてこの「稲むらの火」が話題をよんだのでしたよね。

ことしの「雛流し」は悪天候でしたが、それでも沢山の人が集まったようです。
お役に立てるなら写真はどうぞお使いください。
Posted by jiiyasanjiiyasan at 2009年03月13日 09:21
高校の同窓生に水野さん(水野宗成の子孫)がいらっしゃいます。機会があれば維新後の変遷を尋ねてみます。
Posted by kojima at 2009年03月15日 22:59
こじまさんへ
大政奉還によって、紀州藩が「御三家」から転落し、「和歌山藩」に移行したにですね。その後の水野家にどのような変遷があったのか、分かれば聞いてみてください。
Posted by jiiyasanjiiyasan at 2009年03月19日 10:17
まぶだちさんへ
いつもコメントありがとうございます。
この記事のなかで、梧陵さんを初代和歌山知事と書きましたが、私のミスでした。
後程、訂正いたします。お許しの程を。
Posted by jiiyasanjiiyasan at 2009年03月19日 13:18
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