2007年06月28日

ふたりの巨人 (その2)



巨人・力士「鬼勝」
 
和歌山気象台の近くにある「正住寺」(東長町2丁目)という立派なお寺にユニークなお墓がある。                 
 
 本堂の左手の墓石群の中にあるちょっと変わった形のこの墓は、初代紀州藩主頼宣公のお抱え力士であった「蓮井象之助鬼勝」の等身大に造られたものとのことである
 
 墓銘碑によると鬼勝の身長は7尺4寸5分(2m23)であったというから、ものすごい巨人であったろう。当時の日本人の平均身長は5尺そこそこ(1m60cm余)であったろうから,想像に絶する大男であったのではと思う。ちなみに、現役力士で最高身長者は琴欧州(2m03cm)である。
 ( この墓は、先の戦災で傷んでいたものを昭和60年11月に再建したものという。)

 また、向かって墓石の左側に 「 ついの世は 土山櫛を相撲取  浩徳 」 との書かれた碑がたてられている。


当時の各藩の中で、お抱え力士を多く持っていたのは、加賀、前田、松平藩等があり、時々は対抗戦なども行われたようだ。わが国の相撲は現在はスポーツ化されているが、昔は神社、仏閣の造営や修復の披露のたびに行われた「勧進相撲」が起源といわれ、江戸時代になって前記のようなお抱え力士が生まれ、対抗戦へと進化して行き、やがて現在のよな職業人としての相撲取りができたらしい。

 今年の和歌祭りの渡御行列のなかに、相撲取の一団があった。少年力士と一緒に春日野部屋の力士も行列に加わっていたようだ。以上のような由来があるからだ。


この記事へのコメント
先日は久しぶりにお目にかかれて良かったです。
皆さんにお祝いしてもらってご馳走になって(^ー^)
それにしても鬼勝さんすごいですねぇ
琴欧州より20cmも大きいなんて(琴欧州を見たことないですが・・・)
これからますます暑くなってきますので取材の方無理なさいませんように・・・
Posted by まぶだちの”E”です at 2007年06月29日 23:10
こんばんは。 ゆーしょーです。
「ふたりの巨人」 ですので、もう一人はてっきり松下幸之助とばかり思っていました。
完全に予想が外れてしまいました。
和歌山に 「蓮井象之助鬼勝」 という力士が居たのですね。
江戸時代のことですので、全然知りませんでした。
いい勉強になりました。
機会があれば、正住寺へ行こうと思っています。
Posted by ゆーしょー at 2007年07月03日 02:38
ゆーしょーさんへ

知の巨人と巨人力士の組み合わは、単なる巨人同士では面白みがなくて視角を変えたものにしたつもりです。
 それにしても、今年の名古屋での新弟子検査は志望者ゼロとは情けない限り。隆盛であった和歌山のアマチュアー相撲も元気なく、何かよいニュースがありませんかね。
Posted by jiiyasan at 2007年07月03日 10:06
まぶだちの"E”さんへ
やはり今年の不順な気候は、空梅雨でおわりそうですね。
視角を変えたブログにしたいと考えた結果、頭と体の組み合わせとしたつもり。
 穴場探しでゆきます。
Posted by まぶだちの”E”さん at 2007年07月03日 10:16
食事会の写真有難うございました。
受験勉強をしに明日香の方にお邪魔しますので
また会えたらいいですね
Posted by at 2007年07月03日 21:03
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